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大阪地方裁判所 昭和37年(ワ)1602号 判決

原告 大阪府

右代表者知事 左藤義詮

右訴訟代理人弁護士 村田太郎

被告 中川起佐

〈外一一名〉

右被告ら十二名訴訟代理人弁護士 井関和彦

右復代理人弁護士 田川和幸

主文

原告に対し

被告中川起佐は金一〇、〇九八円を、

被告李万玉は金二〇、五五二円を、

被告高時(某)は金一一、一六七円を、

被告井谷とみのは金一一、六九〇円を、

被告窪田実行は金一〇、二一七円を、

被告村岡セツは金一三、七三三円を、

被告株式会社北伸舎新聞舗は金一六、三九四円を、

被告松村弥は金二二、二七五円を、

被告藤田真作は金一三、二五八円を、

被告青木常二は金二九、九四九円を、

被告川田経男は金一四、四九四円を、

被告柴山止久三は金一二、六八八円を各支払え。

原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を被告らの、その余を原告の負担とする。

この判決の主文第一項は仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

本件土地が原告所有であり、被告らがそれぞれ別紙目録記載のとおり賃借していて、昭和三五年三月三一日迄の賃料が同目録旧地代欄記載のとおりであつたところ、原告が、昭和三六年七月七日被告らに到達の書面をもつて、同年四月一日以降の賃料を同目録新地代欄記載の金額に増額改訂する旨の通知をしたことは当事者間に争ない。

被告らは、本件土地賃貸借関係は一般的私法関係に属するから原告の一方的決定指示によつては賃料は改訂し得られないと主張する。

≪証拠省略≫と原告の訴状請求原因第一項後段の記載を対比すると原告の主張がその様なものであるかの如き疑も持たれるが、原告は昭和三八年一〇月一七日の本訴第一〇回口頭弁論における裁判所の釈明に応えて、本件賃料の請求は、借地法第一二条によつて値上げされた賃料の請求であり、借地法の適用のない値上げが許されるという主張をするものではない旨を明かにしているので、原告の請求を借地法一二条に基かない賃料増額の請求であると解することを前提とする右被告らの主張は失当であり、借地法一二条の要件を備えれば、賃貸人は賃料増額の形成権を有することは改めていう迄もないところであるから、以下、右原告のなした昭和三六年七月七日被告らに到達の賃料増額の意思表示の借地法一二条のそれとしての効果の点を判断する。

借地法一二条の地代増額請求権が成立するには、修正されるべき地代(旧地代)の確定した時期以後、増額請求権を行使する迄の間において経済事情の変動があつて、従前の地代が不相当となつていなければならないものと考えるところ、原告が本訴において主張する増額請求の具体的事由は、

(一)  賃料算定の基準である固定資産評価推定額の値上り、

(二)  単に固定資産評価推定額の百分の四とすることが不相当となつたのでこれをより時価に近いその一・五倍とするのが相当と考えられるに至つたことである。

証人吉岡哲夫≪中略≫と被告村岡セツ、≪中略≫尋問の結果によると本件土地は被告らにおいて昭和二六年頃から正式に賃貸借契約を締結して賃借する様になり、その頃の地代の決定方式や算定基準がいかなるものであつたのかは詳らかでないが、少くとも昭和三三年四月以降は、昭和二三年大阪府条令第一九号「財産の取得管理及び処分についての条令」第一四条の財産の貸付については相当の使用料を徴収せねばならないとの規定に基き大阪府において定めた普通財産の土地貸付料算定基準により、固定資産評価推定額(府有地には固定資産税が賦課されないので、近隣の同条件の土地に対する大阪市の固定資産評価額をもつて当該土地の同推定額とする)の百分の四(但し本件の如き店舗の場合)をもつて一年間の貸付料、即ち地代とすることに決定し、爾来、この方式に従つて固定資産評価推定額の値上りにスライドして三四、三五年度の地代が決定せられ、その都度、原告の発する納額告知書によつて被告らは異議なくこれを納付して来た事実が認められ、他にこれに反する証拠はない。そうして、≪証拠省略≫と弁論の全趣旨によれば、本件土地の固定資産評価推定額が昭和三五年度は坪当り四五、〇〇〇円であつて、これにより別紙目録旧地代が算定せられていたところ、三六年度は固定資産評価推定額が坪当り、五九、四〇〇円となつたことが認められ、他にこれに反する証拠はない。

而して、前記認定の様にして決せられる固定資産評価推定額の値上りは一応その土地の地価の高騰を反映するものというべきであるから、これが値上りのあつたときは少くともその程度において地代の算定に影響を及すべき経済事情の変動があつたものというを得べく、従来、固定資産評価推定額を賃料算定の基準としていた場合、これが値上りを事由として、賃料増額請求権の発生することは明かであるというべきである。ところで、原告は、本件昭和三六年度の増額請求においては、右固定資産評価推定額の値上り分にスライドする賃料増額に加えて、前記普通財産土地貸付料算定基準を改訂したとして、右固定資産評価推定額自体を一・五倍し、これに従来の百分の四を乗ずるという方法をとつたものである。そして証人吉岡哲夫の証言によれば、右一・五倍というのは右基準の改訂における文言上明文をもつて一・五倍とされたのではなく、基準の上では「固定資産評価推定額から算定した額」と従来の文言に「から算定した額」の文言を加え、その運用として一・五倍という数字を用いたものであることが認められる。右算定基準を改訂し、これを運用上一・五倍とする根拠として原告は、固定資産評価推定額は時価よりも低額であるから、右固定資産評価推定額に何らの操作を加えずそのままこれに百分の四を乗じたのでは、国の財産の貸付料基準における時価の百分の四とされていることと権衡を失するので改訂したと主張をする。成程一般的には固定資産評価額が時価よりも低いものであり、適正地代の算定にはなるべく時価に近いものを基準とした方が望ましいものであることは明かであるが、元来、借地法一二条による賃料の増額請求において、既定(従前)の地代が不相当になつたと認められるためには、従前賃料が決定した以後に経済事情の変動が生じたことに由来しなければならず、既定の地代の不相当なることがその地代の決定当時から存在する場合には、これを是正することは本条による増額請求権の及び得ないものである(本件と事案は異るが、その考方において同一と思われる大審院昭和一七年二月二七日判決)ところ、一般には右固定資産評価推定額そのままを基準とすることが時価を基準とすることに比し地代の算定上不相当であるということ自体は、昭和三六年度に至つて始めて惹起された問題とは考えられず、かえつて、前記本件地代の算定基準に固定資産評価推定額をそのまま採用すると決定した昭和三三年四月当時においても既に存在していた事情であつて、原告は、右の不合理(賃貸人としての不利益)を容認して前記基準を定めたと考えられるのである。そうして、右基準はその当時において成程原告がその取扱上内部的に定め、それによつて算出した地代を一方的に被告らに告知したものであろうが、前記認定のとおり被告らがこれに異議なく応じて右基準により算定した地代が当事者間の地代として確定した以上、その地代の算出に当り右基準によつたことが表示せられていたと否とに拘らず、借地法一二条の適用において、従前賃料の決定の事情を考えるに当つては、以後右基準によつて賃料を算定することにつき当事者に合意が成立したと同様に考えて差支えないと思料する。従つて、本訴において原告が昭和三六年度に至つて、従来行われ来つた固定資産評価推定額そのままの百分の四を改めてその一・五倍の百分の四とすることを正当化せんがためには、右従来の固定資産評価推定額そのままによることが時価との開きをますます大きくならしめ、遂にその開きが当該年度に至つて賃借人として受認し得ない限度にまで増大した(例えば固定資産評価推定額の増大率が、時価の増大率に追いつかない)との立証を尽さない限り、右固定資産評価推定額と時価とに開きが存するという一般論のみをもつて従来の基準を変更することは、前記従来賃料の決定後に新たに生じた事由によつてのみ発生すると考えられる賃料増額請求権の範囲外のことといわねばならない。ところが、その様な観点から検討すると原告の立証は充分でなく、(鑑定人佃順太郎の鑑定の結果は単に平面的に時価と比較して本件地代の高低を論ずる資料とはなし得ても、右のような点の判断の証拠にはならない)また、昭和三四年に国が原告主張の様な算定基準をおいたことは右の判断を左右するものではない。

よつて、原告の本件賃料増額請求は、前記認定の固定資産評価推定額の値上りにスライドする範囲内においてのみその形成力があり、その余は効力を生じないものというべきである。

そうして、右固定資産評価推定額の増加率を従前の坪当り地代一、八〇〇円に乗ずると新地代(坪当り)は二、三七六円である。

(計算) 1800×59400/45000=2376

よつて、当事者間に争のない昭和三六年七月七日被告らに到達した賃料改定の意思表示により本件賃料(昭和三六年四月一日から三七年三月三一日迄の分)は別紙目録認定地代欄記載の金額(前記坪当単価を使用坪数に乗じ円位未満四捨五入)に改定せられると同時に約旨によりその支払義務が発生したから、被告らは同金額を支払わなければならない。なお、通常の場合、賃料の増額請求はその請求の時より将来に向つてのみ効力を有するものであるが前記甲第一号証の一乃至一三の各三によつてその年度の途中においても遡つて増額の請求のなし得る特約があるものと認められるので、本件においては四月一日以降新地代に改訂せられるというべきである。

被告らは本件値上げの請求につき、とくに被告らにつき不公平である様なことを主張するけれどもこれを認むるに足る証拠はない。また、本件土地賃貸借の沿革を縷々主張するけれども、仮にその様な事実があつたとしてもこれをもつて本件土地賃料をとくに他の府有地よりも低額にしなければならないものとは認められない。また、前記認容した賃料においても、なお、≪証拠省略≫により認められる近隣民有地の賃料に比し高額とはなるけれども、その一事をもつて、前記固定資産評価推定額の値上りを理由とする本件賃料増額が許されないとはいえない。よつて被告らも前記認定の限度における賃料増額は受忍しなければならない。

そうして、被告らが右賃料の支払を了していないことは当事者間に争ないから原告の請求中、被告らに対し別紙目録認定地代額の支払を求める限度においてこれを認容し、その余を棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条、九二条、九三条を仮執行の宣言につき同第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 潮久郎)

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